IoT時代のエクスペリエンス・デザイン

IoTによる破壊的イノベーションにより、エクスペリエンスの重心は「場」から「時間」へシフトする

IoTという破壊的イノベーションの衝撃~エクスペリエンス×IoTのメカニズム(トライアングルモデル)
このコーナーでは、書籍『IoT時代のエクスペリエンス・デザイン』の一部を特別公開しています。
書籍の 第1章「エクスペリエンス×IoTで何が変わるか」 の 「〈キーポイント〉エクスペリエンスは『場』から『時間』へ」 より

〈キーポイント〉エクスペリエンスは「場」から「時間」へ

IoTという破壊的イノベーションの衝撃

2015年の家電見本市CES(コンシューマ・エレクトロニクス・ショー)。毎年1月に米国ラスベガスで開催され、世界中のビジネスマンの耳目を集めるCESの歴史の中でもエポックメイキングな年だったように思う。なぜなら、イベントの開催を飾るパネルディスカッションで「Disruption」や「Disrupt」というショッキングなキーワードが米国の大企業のトップから繰り返し発せられたからである。

「Disruption」という単語は一般の日本人にはなじみが薄いかもしれない。1997年にハーバード・ビジネス・スクール(HBS)教授のクレイトン・クリステンセンが著した『The Innovatorʼs Dilemma』(日本語版は『イノベーションのジレンマ——技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』浜田俊平太 監修、伊豆原弓 訳)で紹介されている「持続的イノベーション」と「破壊的イノベーション」のうち、「Disruption」は後者の「破壊的イノベーション」に相当する専門用語である。

とりわけ、そのCESのパネルディスカッションの中でもシスコシステムズのCEO ジョン・チェンバースは以下のような趣旨の発言をして大きな注目を浴びた。

「IoE(Internet of Everything:IoTのことをシスコシステムズではこう呼んでいる)によってすべての国、都市、企業、家、人……何もかもがコネクトされる。そして、すべての、どのような業種であろうと、ハイテク企業になる。それはテクノロジーによってすべてのビジネスの変化のスピードがさらに増すことを意味している」

「今後10年間でフォーチュン500企業のなかで生き残れる企業は40%程度に過ぎない。テクノロジーによるDisruptは今そこに起きている現実であり、巨大企業であっても自らがDisrupter(破壊者)にならなければ生き残れない」

クレイトン・クリステンセンが「イノベーションのジレンマ」を発表した1997年時点では、優れた特色を持つ商品を売る優良な大企業はお客さまの声を聞き過ぎるあまり「持続的イノベーション」を保ち続けることに集中してしまい、「破壊的イノベーション」を持つ新興企業の前に力を失う、という主張は説得力があった。「破壊的イノベーションを持つ新興企業」とは、具体的には、当時のグーグル、アマゾンや日本のユニクロを想起すると理解がしやすいだろう。

しかしながら、2015年のCESにおけるジョン・チェンバースの主張はクレイトン・クリステンセンのそれとは明確に違う。現在起きている「破壊的イノベーション」には企業規模はまったく関係がない。むしろ優良な大企業こそが生存競争を生き抜くために積極的に「Disrupter(破壊者)」になるべきだ。そしてそれを後押しする変化はIoTの進展であり、すべての企業はIoTで武装したハイテク企業へと変わらなくてはならない、と言っているのである。

しかもそれはもはやモノとモノの戦いではない。エクスペリエンスとエクスペリエンスの戦いになる。既存のサービス業はもちろんのこと、すべての製造業は新しい形のサービス業へと形を変える。AIによるビッグデータ活用とアナリティクスにより、お客さまの近未来のエクスペリエンスの予測と改善提案が企業のサービスの根幹として提供され続けることになる。

企業主語の視点では、確かに「Disruption」は従来の市場の競争ルールや業界の概念の否定という、恐ろしい「破壊的イノベーション」である。しかしながら、逆にお客さま視点で見た場合、それは、お客さまがかつて経験したことのない新たなエクスペリエンス創出のための「創造的イノベーション」とポジティブに捉えることもできるだろう。いずれにしても変化の激しいマーケットでは市場の競争ルールをその手にしたものだけが生き残るのだ。

近未来のエクスペリエンスの予測と改善提案

IoTによる破壊的イノベーションはすべての業種・業界で例外なく起きる。そして、お客さまの近未来のエクスペリエンスの予測と改善提案の結果、エクスペリエンスの重心は「場」から「時間」へシフトする。財布の中身を奪い合う従来の戦いと違って、お客さまの「時間」は有限である。「時間」が企業間競争の主戦場になることで、お客さまの「時間」の奪い合いで勝者となった企業は大きな事業成果を上げることができる。反面、敗者となってしまった企業は挽回が極めて難しく、早晩、市場からの退場を余儀なくされるだろう。

深く深呼吸をし、五感を研ぎ澄ませて、私たちの生活に最初の本格的なパーソナル・デジタルデバイス(パーソナルコンピュータ:PC)が入り込んで来た1980年代の後半のあの日から現在までのエクスペリエンスの変化を思い起こしてみよう。インターネット、携帯電話、ソーシャルメディア、スマートフォン……。

デバイスの種類が増え、「コンタクトポイント」(接点)が多様化しただけではない。

まず、デジタルは従来からあったアナログの体験を取り込むことで、次々に鮮度の高いエクスペリエンスを創り出して来た。手紙 × デジタルが電子メールになったことに始まり、CDショップ × デジタルがiTunes(音楽配信)やSpotify(スポティファイ:ストリーミングサービス)に、巨大ショッピングモール × デジタルがAmazonに、そして井戸端会議 × デジタルがTwitterに取って変わった。ニュース × デジタルはテレビ、新聞、雑誌、ラジオといった伝統的なマス媒体を次々と駆逐していった。また、お客さまの来店を促すクーポンもスマートフォンの位置情報やNFC(Near Field Communication:近距離無線通信技術)といったデジタル技術と結びつくことでクーポン型O2O(Online to Offline)という、かつてないエクスペリエンスを生み出した。

また、デジタルは私たちのエクスペリエンスの価値や領域も拡張して来た。これまではできなかったことがデジタルのテクノロジーの恩恵で当たり前にできるようになったのである。インターネットという情報インフラの上に、ソーシャルメディアというプラットフォーム、スマートフォンやタブレットという携帯型デバイスが掛け算されることで、情報拡散のスピードと規模は飛躍的に拡大した。わからない事があったらまずネット検索という習慣もグーグルやヤフーに代表される検索エンジンの恩恵である。またネット通販の世界では、アナログの世界では不可能だった、ロングテールという多様性への対応も軽々と実現した。

過去の歴史を振り返って明らかなことは、デジタルはお客さまの新たなエクスペリエンスの創造とエクスペリエンスの価値や領域の拡張に貢献してきた一方で、従来のアナログ的なエクスペリエンスを完膚なきまでに破壊し、次々と焼け野原に変えて来た。デジタルによるマーケティング改革が破壊的イノベーションと言われるゆえんである。

特に本書のテーマであるエクスペリエンス×IoTは、お客さまの新たなエクスペリエンス創造とエクスペリエンスの価値や領域の拡張という両方で大きなインパクトを及ぼす可能性が高いことを注意して見て行く必要がある。

エクスペリエンス×IoTのメカニズム(トライアングルモデル)

センサー機能を持ったデジタルデバイス、インターネットやBluetoothなどの通信技術、ビッグデータの活用やアナリティクスを行うAIといった檜舞台と大道具・小道具、企業とお客さまといった役者が揃うことで、エクスペリエンス×IoTによる破壊的イノベーションのお膳立てはすでに整っていると考えて良い。いわば、エクスペリエンスとビッグデータの統合運用である。実際、日本の富士ゼロックスや米国のGEなど先進企業では新しいビジネスモデルとして、すでに数年前からIoTへの本格的な取り組みがスタートしているだけでなく、最近ではお客さまのエクスペリエンスをいかに豊かなものにして行くかという核心的な部分に活動の焦点が移って来ている。

エクスペリエンス×IoTのメカニズムを図式化すると図1のようなトライアングルモデルになる。このメカニズムはIoT時代の企業のマーケティングプロセスそのものであり、同時に企業がエクスペリエンス×ビッグデータの統合運用を前提にして、サービス・ブループリント(サービス設計図)を作成するための基本的な業務フローでもある。

「エクスペリエンス×IoT」のメカニズム AI/企業(ブランド設定)/お客さま ブランドへの愛着 お客さま以外の外部データ/お客さま主語のアナリティクス/お客さまの行動データ/お客さまの近未来のエクスペリエンスの予測や改善提案/サービスの提供(予測・改善提案を含む)

まず第1のステップはお客さまの行動データ(定量・定性)の収集である。センサー機能を持ったデバイスが直接もしくはBluetoothなどを経由して間接的にインターネットに常につながった状態であること(デジタル・ユビキティ:Digital Ubiquity)が前提である。

次の第2のステップは、お客さまの行動データとそれ以外の外部データをビッグデータとして統合し、思考し、推論し、アナリティクス(解析)を行うプロセスである。この役割を担うのは第3世代のスーパーコンピュータであるAIである。AIには学習する機能もあり図1のサイクルを何度も繰り返すことにより知識を蓄積し、アナリティクスの精度を上げていくという効果も期待されている。AIについてはお客さまのエクスペリエンスに及ぼす影響や第4章で述べる人間とAIとの役割分担を考察する上で非常に重要であるので、第1章の〈解説〉のパートで深堀りをして行くつもりである。

続く第3のステップは、アナリティクスの成果を、お客さまの近未来のエクスペリエンスの予測と改善提案の形で整理し、企業からお客さまに提供するプロセスである。B2Bビジネスの場合、このサービスの提供先は機械である可能性も高い(M2M:Machine to Machine)。一方でB2B2CやB2Cビジネスの場合ではサービスの提供先は生身のお客さまということになる。お客さまとシステム(OSやアプリなど)を意味のある形で結びつけ、お客さまのエクスペリエンスが豊かになる方向でサービスの提供がなされるべきであることが極めて重要だ。これについては第4章で詳しく述べる。

第1から第3のステップを踏むことでお客さまの近未来のエクスペリエンスの予測と改善提案が行われる。このサイクルは企業が提供するサービスの種類によって異なる。自動運転や金融に関わるサービスでは「瞬時(ほぼリアルタイム)」、ヘルスケアやスポーツトレーニングに関わるサービスでは「日単位~週単位」ということになるだろう。

お客さまの現在のエクスペリエンスは、過去のエクスペリエンスの予測と改善提案の結果、必然的に起きたことであり、同時に現在のエクスペリエンスはデータの形で集約・解析されて、さらに新たな予測や改善提案となって近未来のお客さまのエクスペリエンスを決定する。つまり、データを媒介にして、お客さまのエクスペリエンスの過去・現在・未来が一本の時間軸で長くつながって行くのである。

『IoT時代のエクスペリエンス・デザイン』

  • 著者:朝岡 崇史(電通 エグゼクティブ・コンサルティング・ディレクター)
  • 定価:本体1,500円+税
  • 発行:ファーストプレス
  • ISBN:978-4904336946

企業が立ち向かうべきもの

デジタルのテクノロジーの進化では泣く、お客さまの気持ちや行動の変化、つまりエクスペリエンスそのものの進化である。

企業はIoTに適応する前提として、マーケティングを企業主語の発想からお客さま主語の発想へと転換しなければならない。これは同時に、組織運営や企業文化の刷新を含む、大がかりな改革(企業の体質改善)を意味するのである。

エクスペリエンスは「場」から「時間」へ

生き残りのために、すべての企業はIoTで武装したハイテク企業へと業態を変革する必要に迫られる

もはやモノとモノの戦いではない

既存のサービス業はもちろんのこと、すべての製造業は新しい形のサービス業へと形を変える。

AIによるビッグデータ活用とアナリティクスにより、お客さまの近未来のエクスペリエンスの予測と改善提案が企業のサービスの根幹として提供され続けることになる。

いずれにしても変化の激しいマーケットでは市場の競争ルールをその手にしたものだけが生き残るのだ。

エクスペリエンスとエクスペリエンスの戦いになる

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