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「AIがビジネスにならない」は本当か? 日本の企業が今後歩むべき道は?

エヌビディアの愛甲浩史氏と岩谷正樹氏にインタビュー。

新型コロナウイルスの感染拡大を契機とし、テクノロジーを活用した企業のデジタル化、いわゆるDXが叫ばれている。

中でもAIは、うまく活用できれば数倍、数十倍のビジネスインパクトを叩き出せるテクノロジーとして注目を集めているのは、Ledge.aiの読者であればすでにご存知だろう。直近では大規模言語モデルや画像生成AIなど、社会的に大きなインパクトをもたらすAIが注目を集めた。

大規模AIモデルを活用する上で鍵となるのが、GPUなどの計算資源だ。AIの学習・推論といった処理には、大量のデータを並列で高速に処理できるAIクラスタ、HPC(High Performance Computing)が必要となる。さもなければ学習に膨大な時間がかかり、ビジネスに使える代物ではなくなってしまう。前回のエヌビディアへのインタビューでは、これに加えGPU同士を繋ぐ外部ネットワークの速度の問題についても触れた。

本稿では、前回のインタビューで印象的だった「そもそもAIはビジネスになるのか?」という視点から、海外の事例を踏まえて日本でAIが普及しない理由から、日本の企業が今後歩むべき道を二人に語ってもらった。

エヌビディア合同会社 エンタプライズ マーケティング部 マーケティング マネージャ 愛甲浩史 氏
1998年に東京大学を卒業後、製造業にて情報システムや基幹ネットワークの設計、構築、運用経験ののち、IT系商社にて、ストレージネットワーク製品の技術サポート、障害解析を担当すると共に、データセンター事業者向けのネットワークインフラ設計やサポートを技術面で統括。2013年よりブロケード コミュニケーションズ システムズ社において、OEM顧客向けの技術サポートやビジネス開発、金融、製造業向けにシステム提案や設計支援を担当。ストレージネットワーク (Fibre Channel)、データセンタースイッチ、ルーター製品などの幅広い技術サポートに従事。2017年よりメラノックス テクノロジーズ社にて、HPC製品の営業やマーケティングを担当。2020 年にはエヌビディアによるメラノックス社買収に伴い、エヌビディアで、ネットワーク関連全般のマーケティング業務に従事

エヌビディア合同会社 HPC/AI ネットワーキングプロダクトマーケティング部 マーケティング ディレクター 岩谷正樹 氏
1992年に大学を卒業後、富士通にてSEとして創薬研究システムの提案・設計・運用を経験の後、官庁系研究機関のプロジェクトでデスクトップPCとScoreを使った初のPCクラスタの導入。HPC技術に深く興味を持ち、HPC専門部隊に異動。HPCベンチマークセンターやPCクラスタ スタートアップ支援プロジェクトチームを発足するとともに、多くの官民文教へのPCクラスタ導入を行った。その後、海外支援事業部門に異動し活動を海外に拡大。シンガポール、英国、ドイツ等でシステム構築に従事の後も、HPC 系技術者として長年に渡り拡販、教育活動を行った。2019年よりPacific Teckに入社して分散ストレージ、仮想コンテナの技術支援を行う。2020年6月よりNVIDIAにて現職。マーケティング ディレクターとしてInfiniBandの拡販業務に従事中

“手元”だけの効率化で満足しがち。日本でAI活用が進まない理由

はじめに、前回インタビューの愛甲氏の発言を振り返っておこう。

愛甲「個人的な見解ではありますが。今以上にAIや大量のデータを活用する未来を考えていないから、インフラに投資するという発想自体が起きないのではないでしょうか。最近、日本の名だたるIT企業の方とお話をする機会があったのですが、AIの話題を振ると『AIってビジネスになるんですか?』と逆に質問されてしまって驚きました。データ収集やAI活用を本格的に進めたら、ビジネスのスケールが変わります。

今の日本は『画像解析で業務が効率化できた』ぐらいのレベルで終わってしまっている。プライバシーに対する考え方の違いもありますが、社会システムを変えるレベルの話※も、残念ながら出にくい」

2000年代に起こった第3次AIブームから、AI活用のためのPoCを一通りやってみた結果、使い物にならないので活用をやめたという企業の声も少なくない。「AIってビジネスになるんですか?」という愛甲氏が会話したIT企業の方の発言は、こうした結果を反映したものだろう。ブームの折、経営層の鶴の一声で取り組みはしてみたものの、現場に浸透せず、投資対効果が回収できなかった、などもよく聞く“あるある”だ。

一方で、ここ最近では非常に高性能な対話型AI「ChatGPT」や、プロンプトによって指示を出すことで手軽に画像を生成できる「Stable Diffusion」など、AIを活用したインパクトのある事例も多く出てきた。こうした”極端な例”の登場によって、企業にとっても数年前よりはAIが身近になり、活用できている企業とそうでない企業の差が顕著になってきた印象も受ける。総じて、まだまだ日本ではAIを「話題にはなるが自社の活用対象としては遠い」企業が多いと、愛甲氏は分析する。

愛甲「AIが『思ったより使い物にならない』のは、多くの企業がまだまだAIの真価を引き出せていないからです。実際に当社でも、日本でのGPUの売れ行きは諸外国と比べてまだまだ芳しくありません。

日本は少し速くなった、少し効率化できた、など手元に収まる範囲で満足してしまい、イノベーションにつながらない傾向があると感じています。しかし、AIを活用できれば桁違いに多くのことが可能になります。そこに気づかせられていないのは、当社のような存在が活用のビジョンを明確にお伝えしきれていないことも理由のひとつなので、心苦しくもあります」

AIは推論であって“答え”ではない。が……?

アメリカなど、海外ではすでに大規模なデータと計算資源を存分に活かしたビジネスが生まれている。日本は周回遅れだと語るのは岩谷氏だ。

岩谷「海外ではすでに大規模なデータを収集した上で、AIをどう活かすのかという実行段階にあります。日本では“AIは推論であって答えではない“という認識が主流で、ただの推論に投資するリスクを負うことができない。結果として、AIを使うなら判断の責任を現場に取らせることになり、結果的にAIの普及が進まないのです」

AIは推論であって答えではない。これは一部その通りだが、一方でAIの推論は学習を重ねることで精度を上げていくことができる。うまく活用すればコストを抑えた上で圧倒的な成果を得られる可能性があるのがAIなのにも関わらず、二の足を踏んでいるのが日本の現状だと愛甲氏は口をそろえる。

愛甲「ビジネスにおいて、困りごとを解決したいというスタート地点は日本と海外で違いはありません。しかし、新しいテクノロジーに対する見方に違いがあります。責任を現場に丸投げしてしまえば、責任を取らなくてもいいレベルの小さなビジネスしか生まれません。AIをあくまで判断材料の一つとして捉えれば、むしろこれほど心強い味方はいないのです。何より、AIを味方につけたほうが仕事が楽になるよ、と強く言っていきたいですね」

一滴残らずデータを“掘る”〜Baker Hughes, a GE company事例〜

ここからは、エヌビディアのサービスが使われている事例を見ていこう。

世界最大規模の油田サービス企業であるBaker Hughes, a GE companyは、AIを活用し、石油の発見、抽出、処理、供給にかかるコストを劇的に削減している。地震探査のモデリングや油井計画の自動化、機械の故障予測やサプライチェーンの最適化といったさまざまな領域にまたがる。

エヌビディアのサービスで使用されているのはAIモデル学習用のデータセンター内のNVIDIADGX-1やDGX Station、帯域幅が制限されている遠隔地の海上プラットフォームでのスーパーコンピューティングやディープラーニングのためのNVIDIA Jetsonなどだ。

岩谷「テストボーリング(掘削前の地盤調査)で取得した地層データをHPCで解析することで、石油の貯蔵量のみならず、輸送にかかる費用といった周辺コストまですべて割り出すことができます。その場所での掘削が将来的にペイするかどうか判断可能になるため、不要なボーリングがなくなり、工数が劇的に減ったと仰っていました」

加えて、これらの技術は他の鉱物資源にも転用可能だという。AIは、活用すると決めれば、幅広い業務にインパクトを与え、新たなビジネスを生み出す可能性が秘められている。

日々生まれるデータを事業に活かせれば、ビジネスのあり方も変わるだろう。たとえば小売業では、カメラを用いた顧客の行動データなどをHPCで解析しての需要予測。農業であればGPUを活用することで農薬の散布タイミングを予測したりといったことが可能だ。

いずれにせよ、現在はインフラが弱く、流せるデータ量に制限があるためにデータの数を絞るなどの措置が必要なケースも多いが、大規模AIクラスタの活用でここをクリアできれば、ビジネス自体を大きく変革する可能性は大きい。

異常検知AIのその先へ 日本発、製造業の創造的破壊〜富士通事例〜

大規模AIは海外企業の事例にとどまらない。富士通が開発する、モノづくりの常識を覆しうるシミュレーションプラットフォームには大規模AIが使われている。

「DeepSim-HiPAC」は、ハードディスクのヘッドやメモリデバイスの設計によく用いられる、外部磁界を受けた固体の磁化をモデル化する電磁気計算シミュレータだ。

製品設計の過程では、シミュレーションと修正を繰り返すことが不可欠であり、試行回数を稼ぐ必要がある。DeepSim-HiPACは、ディープニューラルネットワークのデータ特性を利用して、AIでシミュレーターを生成する。このシミュレーターの挙動を学習することで、異なるアプリケーションを自動的に再現し、任意の形状の2D/3Dオブジェクトの主なファイル分布をリアルタイムで予測することができる。

シミュレーションを従来の25万倍に高速化し、数時間から数日かかるところを、ミリ秒単位まで短縮した。エラー率も物理ベース比2〜3%にとどまっているという。

DeepSim-HiPACは学習と推論にDGX-1を搭載しており、GPUの計算速度を活かして高速に試行回数を増やすことができるというわけだ。岩谷氏は、「AI for HPC」という概念を強調する。

岩谷「これまではHPC for AI、AIのためのHPCという考え方が主流でした。これはHPCによってAIの計算回数を増やせるという考え方です。一方で、今後トレンドとなるであろうAI for HPCの強みは、今まで不可能だったシミュレーション解析が、AIで作るさまざまなパターンのデータにより可能になるということ。つまり、計算回数が増えることもそうですが、計算できる内容の幅も大きく増加するのです。
たとえば地震測定は、これまでは発生した地震の測定結果からシミュレーションをするというものでした。しかし、AI for HPCでは測定結果をもとにAI学習を実施し、データを創出することで地震が起こっていない地域、地形のシミュレーションまでも実施することが可能となります。

測定にかかるコストを増加させることなくシミュレーション計算の幅が広がり、精度を向上させられるため、コスト面においても非常にメリットが出ると考えています」

AIは「大規模にやるからビジネスになる」

一口に大規模AIというと夢物語のように思えるかもしれないが、特定の業界やビジネスに限らず、あらゆる業界で活用できる可能性があるものだ。その中で、エヌビディアはどのような立ち位置で普及を後押ししていくのか。

愛甲「大規模AIは、うまく活用できればビジネスが今までの数倍、数十倍大きくできる可能性を秘めたテクノロジーです。

もちろん、ビジネスは従来のやりかたでも伸びはすると思うのです。企業努力を重ね、中の人ががんばれば業績は伸びるでしょう。しかし、その先に行くにはどこかでテクノロジーの力を借りなければいけない。コスト削減などのお金の話は日本では嫌われがちですが、要はコストを削減して浮いたコストを給与など別の部分に使い、みんなで幸せになろうということを言っているにすぎません。

そうした抵抗感をなくし、ビジネスを先に進めるアイテムのひとつとして大規模AIを定着させていくことも我々のミッションだと思っています」

岩谷氏も、日本企業のポテンシャルを引き出すエヌビディアの取り組みについてこう話す。

岩谷「国内において、AIの学習に使えるデータはすでに膨大にあります。今後、これらの膨大なデータをAIで分析することで、より実ビジネスへの利用へとフェーズが変化してくることは間違いありません。

ですが現在は、まだリサーチのレベルで止まっている状態です。使っているデータも小規模にとどまるため、その多くがシングルGPUサーバーレベルで止まっています。このような現状を打破するために、当社としては海外における大規模AI事例の情報発信や、お客様への適切なシステムのご提案、予算が取れないないお客様には国や大学の機関や各種クラウドサービスとの連携にご協力するなど、国内のAIシステムのトップ推進ベンダーとしての働きをしていきたいと考えています」

AIが今後ビジネスを変えていくのだとすれば、行動するのは早いほうがいい。しかし、何から始めればいいのか分からない企業も多いだろう。本稿冒頭で紹介したような日本の課題はまだまだ根深い。実際、AI活用がビジネス戦略に不可欠と考えている経営者は世界全体で84%に上る一方、8割超がAIを活用するための組織を構築できていないというデータもある。

しかし、もし一歩踏み出したいと決めたなら、その際はエヌビディアに相談してみるのもいいだろう。AIのインフラを支える存在として、きっとその思いに応えてくれるはずだ。

高島 圭介
PR会社を経て、AI関連メディア「Ledge.ai」にてライター・編集として数々のAI活用事例を取材。その後、スタートアップのPRを経て、現在はフリーライターとして活動中。AI・DX・SaaS関連の事例取材が好き。

「AI:人工知能特化型メディア「Ledge.ai」」掲載のオリジナル版はこちら「AIがビジネスにならない」は本当か?

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