ユーザー理解から始まるコンバージョンレート最適化

新規顧客と既存顧客のどちらを優先すべきか? コアファンとの関係を大切にするピザハットのCRM戦略

ファンとの継続した関係構築を優先するピザハットのCRM戦略

ピザの平均的な注文頻度は、年間2~3回ほどです。顧客数が減少傾向にあるなかで、新規顧客の獲得もそうですが、ファンとの継続した関係に注力しています。

ピザハットの渡辺氏(左)と聞き手の深田氏(右)

電話1つで自宅にピザが届く……日本で宅配ピザが流行してから30年あまり、今ではオンライン注文が当たり前になり、売り上げの5割を超えるケースも珍しくない。マーケティング施策も、オンラインクーポンやアプリなど、デジタルにシフトしつつある。

あなたは宅配ピザを1年に何回注文するだろうか。年10回を超える人はかなりのヘビーユーザーだ。一般的には年に数回、決して多いとはいえない機会のなかで、自社ブランドを選んでもらうにはどうしたらいいのだろうか。

今回は、積極的なデジタルマーケティングを展開している日本ピザハットのデジタルチームリーダーである渡辺圭祐氏に、マーケティング戦略をうかがった。

聞き手:深田 浩嗣 氏(株式会社Sprocket)

LTVを高めるためコアファンとの継続した関係に力を入れる

深田:ピザハットのWebサイト(ピザハットオンライン)は、注文というコンバージョンの要素がありますが、今回はユーザー育成のためのコミュニケーションなど、より長期的な視点でコンバージョン最適化についてお話を伺えればと思います。

日本ピザハット株式会社
マーケティング部 課長補佐
渡辺 圭祐 氏

渡辺氏(以下、敬称略):ピザの1人あたりの平均的な注文頻度は、年間2~3回ほどです。ピザを食べたくなったときにピザハットを選んでもらうため、どのようにお客様との関係を維持できるかを考えています。

2014年からメールを中心にCRMを行ってきましたが、2015年以降、より長くお付き合いしてもらうために、Webサイトでの施策にチャレンジしてきました。

深田:ここ1~2年の取り組みでわかってきたことはありますか。

渡辺お客様の構成を見ると、注文頻度の高い方が2割、年に数回の方が8割となっていますが、売り上げの中心となっているのは頻繁に注文いただく2割の方たちです。

ピザの注文は季節変動の影響が大きいため、「前年の同時期と比較した注文数」「売上数値」を週単位で分析しています。結果、ここ2年ほどは慢性的に顧客数が減少する傾向にあります。

この課題に対し、「頻度高く注文する人を増やすのか」「頻度の高い人の注文を減らさないのか」と、戦略の優先度を考えなければなりませんでした。

深田:一度に全員とはいかないですからね。優先度付けは難しい問題だと思いますが、どういうプロセスで考えましたか。

渡辺:結果として、ファンとの関係性に注力することになりました。ファンの方がいなくなるほうがブランドダメージが大きいですし、売り上げにも影響します。

ピザハットは、デリバリーの配達地域が決まっている地域密着型商売です。ピザを注文するとき、地域の人にノーと言われることがないように、現在は施策の優先度として、「注文頻度の高いファンを減らさないこと」が高くなっています。

戦略として、ファンを減らさないための施策に注力する。

深田:ファンをなくしたくないという感情と、売り上げという数字の両方を踏まえての選択ですね。社内で施策の優先度を説明するとき、どのように伝えましたか。

渡辺:まず実際の数字を示しました。新規顧客を増やすのも魅力的ではありますが、新規顧客を獲得するにはコストがかかります。お客様がピザを購入するのは年に数回ですから、新規顧客1件の獲得コストは、リターン(平均注文単価)の3倍くらいが上限です。

一方、ファンの方は新規獲得コストをかけなくてもピザを買ってくれます。ファンがいなくなったら売り上げ減少することを合理的に訴えました。

また、売り上げだけでなく気持ちの部分も訴えています。会社として、お客様を第一に考えて満足いただくことを喜びとする文化があります。だからこそ、「ファンをなくすのはダメだ」という気持ちの部分の訴えも響きました。

店舗のジョブローテーション経験がプラスに働く

深田:注文頻度の高いお客様(ファン)を維持するためにどういった施策を実施していますか。

渡辺:ピザハットでは、オンラインの注文回数に応じて「VIP」「ゴールド」「レギュラー」という会員ランクを設けており、VIPの条件は「年間6回以上の注文をすること」です。継続いただけるように、デジタルに限らずDMなども含めた施策を実施します。

深田:VIPのお客様像はどういったものですか。渡辺さんは、店舗でのオペレーション経験もあると以前にうかがいましたが、店舗の経験がユーザー理解に役立っているのでしょうか。

渡辺:副店長を1年、店長を5年ほどやっており、同じ店舗に5年ほど勤務していました。お客様と対面していたからこそ、よく注文する人がどんな人なのか、映像として浮かびます

1年は52週ですが、毎週、つまり年52回頼む人は、男性の1人暮らしというイメージです。これは私の想像ですが、自分で好き勝手できないと、毎週ピザは食べられませんよね。奥さんがいると、「またピザ食べるの!?」と怒られてしまいそうですから(笑)。週末に家族みんなでピザを食べる方はVIP会員です。

深田:お客様像が具体的にあるんですね。店舗での経験があるからこそ、オペレーションまで含めた、現実とずれないマーケティング施策を企画できますし、店長への説明も説得力があるのではないでしょうか。

渡辺:会社の従業員育成プログラムとして、新卒入社すると店舗に配属されることになっています。他の部署の人と話をするときでも、店舗の事情をわかっているので施策を進めやすいですね。

50%を超えるオンラインの注文率、変わる接客のあり方

深田:前回の丸井さんの事例でも、「デジタル施策を円滑に進めるために、マーケティングチームが経営陣にデジタル教育を兼ねてこまめに説明する」という話がありました。そういう活動はされていますか。

渡辺:私は、社内プレゼンやレポーティングのときに、ちゃんとデジタル用語を使うようにしています。たとえば、「コンバージョンレート(CVR)」と社内で言い続けて2年が過ぎましたが、ようやく根付いてきました。

最初は、「CVRのようなわからない言葉を使うな」と言われました。しかし、「わからないままではいけない。知らない世界に踏み込まなければならない」という思いで、「クリックは数えられる」「PVという指標がある」などと説明してきました。

あえてデジタル用語を使うことで、新しい世界があること、他の人がわからないことを自分がやっているのだと示してきたのです。そうした活動の成果もあって、ここ2年で売り上げや商品と同じボリュームでデジタル活動を毎週レポートするようになりました。

社内説明ではあえてデジタル用語を使い、知らなければならないことを伝えてきた。

深田:そもそも、Web経由の注文がかなり多くなっているんですよね。

渡辺:はい。Webからの注文構成比が、全国の週平均で50%を超えることもありますし、注文の8割がWeb経由というエリアもあります

以前は、最も効く施策といえばチラシのポスティングでした。次に効果が高いのが、期間を区切って利用するテレビCMです。テレビCMは反応が良いので、店舗オーナーも喜びます。

ですが最近は、Webの施策も重要だという意識がオーナーにも生まれています。店舗の従業員も世代が若い分、デジタル施策には期待を持っていて、店長会議で「なぜLINEをやらないのか?」という声が上がったことがあります。

深田:若い世代はWebに理解があるので、受け入れやすいのですね。

渡辺:一時期Webに対する関心が薄い時期がありましたが、すぐに乗り越えました。営業のデジタルに関する質問や要求もレベルが上っています。たとえば、「Webからの注文が多いエリアは、優先してチラシを減らすべきではないか」という提案もありました。

Webからの注文が増えたことで、店舗の繁忙期の情景も変わっています。以前は注文の電話が鳴り続けましたが、今はWebで注文されたオーダー伝票が流れ続けています。

しかしこれは、お客様と直接コミュニケーションする機会が減り、お客様像が見えにくくなっているということでもあります。そうしたなか、デジタルでも電話対応のように無機質ではない接客ができないかと考え始めました。

Web接客ツールで補完するコミュニケーション

深田:デジタルの接点でできるコミュニケーションは具体的にどう考えていますか。

渡辺:デジタルで伝えられることを増やしたいと考えていて、Web接客ツールを導入しました。※1現状、ピザハットのWebサイトのなかで、「人間の言葉」で伝えられるのは、Web接客ツールの「Sprocket」のナビゲーションだけなんです。

※ピザハットオンラインでは、購買行動や会員登録を補助するためにインタビュアー所属のスプロケットが開発するSprocketを導入。購入率や会員登録率を向上させた(詳細はスプロケット社の事例を参照)

オンラインの注文画面の案内は、短いステップで注文完了まで進んでもらうことを重視しているために、「住所を入力してください」「選択してください」という機械的な言葉になります。一方、Web接客ツールは、注文する人にフォローやピザハットを好きになってもらうためのコミュニケーションができるのがいいですね。

深田:実際、お客様の反応はいかがですか。

渡辺:Web接客ツールで出すメッセージをA/Bテストをした結果、硬い表現よりもやわらかい言葉遣いの反応が良いですね。また、会員登録ステップでは、ピザを調理する工程で進捗状況を示したシナリオがありますが、言葉で説明するよりも反応が良かったです。

ピザを選んだ後のトッピングの案内でも、「人気はこちら」という表現よりも「人気TOP3」というカジュアルな表現の反応が良かったです。同じ内容でも、「表現でコンバージョンの数値が変動する」「人が動く」というのは、Web接客ツールを使ってわかった気づきです。

同じWeb接客でも表現が少し違うだけで反応が変わり、人の動きが変化する。
Web接客ツールを使った提案の例

深田:電話の感覚はデジタルで表現するのは難しいものの、数字だけでなく、人の感情を動かせたかどうか定性的な評価もできるといいですよね。

渡辺:電話では、お客様に応じて案内を柔軟に変えられますが、デジタルでは決められた順番での案内(生地 → サイズ → トッピングなど)になってしまうため、そこをうまく誘導したいですね。

実はピザを注文するときには、種類よりも先に「店舗」を決めてほしいんです。店舗ごとに販売メニューが違うため、最後に店舗を決めたところで扱っていない種類だとわかり、カート落ちしてしまうことがあるからです。

ユーザーは企業側が想定した動線通りに動くわけではありませんから、「先に店舗を決めたほうが、おトクなメニューが見られます」といった、ポジティブな案内のシナリオも試したいですね。

ユーザーは想定通りに行動するとは限らない。オンラインでも電話と同じように柔軟な案内をしたい。

「発注力」をつけるために、あらゆるベンダーと対話する

深田:渡辺さんの場合、店舗経験があるためか、施策が地に足がついていて、ユーザーの方を向いていますよね。今後、チームを増やしたい、こういう人材がほしいというようなことは考えていますか。

渡辺:デジタル領域は、外部の会社や専門家と一緒にやっています。現在も、「マーケティング施策全般」「Google アナリティクス」「データ分析」「広告運用管理」など、それぞれの専門家にお願いしています。上司からは「発注力をつけろ」と言われているんです。

深田:発注力ですか。

渡辺:専門分野の知識ではかないませんが、提案されたときに「こういう方法もあるのではないか」と、意見交換できるくらいのレベルになることです。

発注力の必要性は、自分の失敗からも強く感じています。2年前に広告運用を代理店に発注していましたが、コンバージョンタグの設置が間違っていたため、定期レポートのコンバージョン数が0件だったことがありました。

気づかないのは代理店だけでなく、自分たちでも気づけなかったことに危機感を感じ、勉強するようになりました。わからないから興味を持たないし、疑問を感じなかったんですね。

深田:発注力を高めるためにどういうことをされましたか。

渡辺:外部のセミナーにも行きましたが、最も有意義だったのが、ベンダーの営業の電話がかかってきたらとにかく会って話を聞くことです。専門の人たちが直接説明してくれる機会は貴重ですし、いろいろな会社の人に会うことで、「この提案は違うのではないか」と気づくこともできます。

深田:弊社内でも、渡辺さんのツッコミはするどいという話があります(笑)

渡辺:いわば「めんどくさいクライアント」でありたいですね。

専門家と意見交換ができる知識を身につけ、常にめんどくさいクライアントでありたい。

失敗から次の成果につなげるための考えを巡らす

深田:コンバージョン最適化の施策は、成功だけではないと思います。成果をどう判断するのか、次にどう生かすのかなど、社内のコンセンサスはどうしていますか。

渡辺施策を始める前に、目的、チャレンジの内容を説明し、結果が出たらすぐに数字を報告します。「パターンABCを試したが、Cはだめだったので切り替える」と伝えれば、失敗があっても改善の方向性を見せられます。

失敗してもいずれ成果になるのであれば、許容してもらいやすい。失敗してもやり直しやすいことも、デジタルのいいところです。

たとえ施策が失敗したとしても、改善の方向を示すことで社内理解を得られる。

なお、従来はマーケティングオートメーション(MA)を導入していましたが、ECサイト本体は非常に複雑なため、A/Bテストで改善しようとすると途方もない金額がかかります。

SprocketのようなWeb接客ツールであれば、Webサイト本体をいじらずに、いろいろな施策を試せることが導入の大きなポイントとなりました。しかも、MAツールと同額のコストで、テストができて柔軟に変更し、効果を改善できるということは大きな価値となりました。

深田:今後、取り組んでいきたい施策はありますか。

渡辺:ピザのチーズが伸びるような映像は食欲をそそります。テレビCMではない形で、Webサイト用の動画を作りたいと思って、複数の会社と話を進めています。

デジタル施策についてはいろいろやってきましたが、まだゴールではないと思っています。ポジティブな結果が出ていますが、まだ違う方法があると思いますので、チャレンジしたいですね。

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