ダブルファネルマーケティング

PDCAを推進するタスクフォースと分析デスク

PDCAを推進するタスクフォースと分析デスク

ダブルファネルマーケティングを実践に移そうとすると、企画と運用、プロモーションとサポート、デジタルデバイスとリアルチャネルなど、従来は別部門で管理されていた複数の業務領域が必然的に絡み合い、社内で混乱や軋轢、停滞を招くことが予期される。

そこで部門間の認識をすり合わせて相互調整を図り、全社的にPDCAサイクルを回していくためには、様々な業務領域の担当者同士が横断的に連携できるタスクフォースのような組織体制が必要になる。この種のタスクフォースの役割は大きく3つある。

1つ目は、「プロジェクトマネジメント」である。ダブルファネルマーケティングを推進するプロジェクト全体のタスクや役割分担を整理し、課題管理表や進捗管理のためのマスタースケジュールを作成し、関係者を定例会などの形で召集して情報共有や業務連携を推進していく役割が求められる。経営層やステークホルダーなど、社内に対する報告・調整業務もこれに含まれる。

2つ目は、「大きなPDCAサイクルを回すためのガバナンス」の役割である。KGIやKPIを設定し、定期的にCVIやCDIを測定・検証することで戦略方針の見直しや予算配分の全体最適化を推進する。また、業務プロセス全体のボトルネックを把握し、問題がある業務領域の担当者に原因の解明と改善策の遂行を促す。

3つ目は、「小さなPDCAサイクルを回すためのガバナンス」の役割である。恒常的にAOCやVOCをリスニングし、ターゲット顧客やメディアプランの見直し、Webサイトや店舗の導線の改善、レコメンドルールや訴求メッセージのチューニング、サポートナレッジの拡充やインフルエンサーとの関係構築などの地道な改善活動を推進する。

最終的にこの種のタスクフォースは、ダブルファネルマーケティングが軌道に乗った段階で全体を統括する正式な専門組織へと移行し、業務の集約やアウトソーシングの活用による効率化を図ることが望ましい。実際に、DellやCoca-Colaなどの海外におけるソーシャルCRM戦略の事例を見ると、自社の取り組み状況や業務の発展段階にあわせて、組織体制を柔軟に進化させていることが窺える。これらの企業においては、まずは部門ごとにソーシャル関連業務のノウハウを蓄積し、必要に応じて他部門の担当者と情報を共有するタスクフォースを設置することから始めている。その後、業務ボリュームが増加して複数部門間の情報連携ニーズが高まると、各部門の担当者が集結した「ソーシャルメディア専門チーム」へと体制を移行し、重複した業務や情報共有の効率化を図っている。

例えば、Dellではグローバル拠点間で情報を集約するニーズが増えてきた状況を踏まえ、多言語対応可能な「ソーシャルコマンドセンター」を構築し、全社を統括できる体制に進化させている。また、Coca-Colaでは、企業全体で取り扱う情報量が膨大になった状況を踏まえ、システムコストや人的リソースの効率化を図るべく、タスクフォースの一部の機能をアウトソーシングしている。日本でも、トランスコスモスが渋谷本社にソーシャルメディアセンターを開設し、ソーシャルCRMの戦略立案から運用・監視に至る一連のプロセスをすべて一括受託するアウトソーシングサービスを展開している(図2-19、図2-20)。

図2-19 トランスコスモスのソーシャルメディアセンター
図2-19 トランスコスモスのソーシャルメディアセンター
図2-20 ソーシャルメディア運用イメージ
図2-20 ソーシャルメディア運用イメージ

問題は、このようなタスクフォースや専門組織を、企業内のどこの部門が主導していけば良いかである。もちろん企業の内情によって様々なケースがあり得るが、ソーシャメディアのような新種のチャネルが関係してくるためか、初期段階では、その類の前衛的な取り組みを行っている部門が推進役を担うことが多い。具体的には、EC/Webマーケティング関連部門やCRM/ダイレクトマーケティング関連部門がソーシャル関連の戦略を推進しているケースが多く見られる。また、コーポレートブランディングやCSRを預かる立場から、広報部が全社の取りまとめ役を担うケースも見られる。

しかし、コンタクトセンターや店舗をはじめとするリアルチャネルとの連携やシステムインフラの整備も視野に入れたとき、最終的には経営企画室などの全社を見渡せる部門か、マーケティング戦略全体の企画・管理を担うマーケティング統括部のような部門が主導していくことが望ましいように思われる。現実的には、企業の実情に合わせた段階的な組織展開プランを描くことが求められるだろう。

ここでタスクフォースや専門組織が果たすべき役割について、補足しておくべきことがある。それは、大きなPDCAサイクルと小さなPDCAサイクルを回していくための、AOC/VOCデータを分析する機能である。「勘と経験」や「気合と根性」に頼った属人的で非科学的なオペレーションではなく、データが示す事実に基づいた組織的で科学的なオペレーションを推進・改善していくには、「データ分析力」が不可欠だ。

AOC/VOCデータの分析に基づいて業務推進・改善力を高めるため、タスクフォースの下部組織に分析専任者を設置し、様々なデータベースを組み合わせて分析するケースが増えている。本書では、こうしたタスクフォース内の分析専門部隊または担当者のことを「分析デスク」と呼ぶ。

DellやAmerican Expressなど、積極的にソーシャルメディアを活用している企業では、ソーシャルメディア上の外部データと顧客データベースなどの社内データとを連携し、データを統合・加工・集計・分析・共有することで、既存顧客に対するCRM施策に加え、新規見込み顧客の開拓に向けたソーシャルCRM施策のPDCAサイクルを回している。

既存顧客向けの施策では、顧客がソーシャルメディアに登録・投稿する最新のプロフィールや趣味嗜好などのデータを既存の顧客データベースと紐付け、会員登録時に取得した属性情報などをアップデートしている。その結果、「個客」のライフシーンに応じたキャンペーン情報や適切なサポートを提供し、既存顧客のロイヤルティを向上させる効果を生み出している。

一方、新規見込み顧客向けの施策では、既存顧客の友人やブランドページの訪問者のデータを新たに収集し、既存の優良顧客にプロファイルが類似している潜在顧客を分析、抽出することで、商品・サービスへの関心や購入確率が高いと予測される、すなわちポテンシャルの高い潜在顧客のリストを生成している。結果、プロモーション施策のコンバージョンレートが高く、CPOの安価なターゲットに適切にアプローチできるようになり、企業の営業活動の効率化につなげている。

アナリシス(分析)からシンセシス(統合)へ

注意を促したいのは、タスクフォース内に設置した「分析デスク」において行う「分析」は、個々の業務領域で行う従来ながらの分析と一線を画すということだ。

分析(アナリシス)とは本来、分析の対象となる、あるデータソースを正しく「分類」し、詳しく「解析」することである。だが、「個客が主役」を信条とするダブルファネルマーケティングの分析においては、「分析(アナリシス)」の対義語にあたる「統合(シンセシス)」がより重要視される。分析(アナリシス)とは、現状把握のために「正しい知識」を得るための手法であり、対する統合(シンセシス)とは、事後のアクションのために正しさというよりは「役立つ知恵」を得るための手法ということができる(図2-21)。

図2-21 分析(アナリシス)と統合(シンセシス)
図2-21 分析(アナリシス)と統合(シンセシス)

従来の分析手法においては、アンケートやPOSデータなど、対象となるデータは基本的に一つ(シングルソース)であった。分析対象となる母集団データに統計的なバイアスが発生しないよう計画的にデータを収集し、可能な限り大きなN(=データの件数やサンプルサイズを意味する専門用語)を確保することで誤差を最小化し、統計的信頼性を担保することが求められた。

しかし、ダブルファネルマーケティングにおいては、顧客があらゆるチャネルにあらゆるタイミングで接触し、アクセスログのような定量データやユーザーコメントのような定性データが、様々な形式で様々なデータベースに残されていく。したがって「分析デスク」で行う「分析」は、そうした時空間を飛び越えた様々なマルチソースのデータを、企業側の都合で細切れにするのではなく、統合(シンセシス)してつなぎ合わせ、「個客が主役」の信条に則り「個客軸」で一連の顧客の行動プロセスと態度変容をタイムラインで観察することが求められる。

「個客軸」のプロセス分析の代表例としては、ターゲットプロファイリングリサーチが挙げられる。これは、顧客データベースやWebアクセスログのデータマイニングに、アンケートやインタビューなどのマーケティングリサーチを組み合わせた調査手法である。

昨今の情報技術の発展により、顧客属性や購買履歴などのデータベースの顧客IDと、WebサイトのアクセスログデータのIPアドレスを、メールアドレスなどを媒介として結合し、どんな人がどの経路で何をどのくらい購入したのかを分析できる環境が整い始めている。そうした統合データベースを用いれば、RFM分析やクラスター分析といった顧客セグメンテーション分析を行うことで、顧客の属性や行動のパターン別に購入確率や来店回数の高いターゲット顧客層を解明できる。

しかしながら、顧客データベースやアクセスログのようなトランザクション型の「集まるデータ」をどれほど精緻に分析しても、その顧客が「なぜ」その経路で自社サイトを訪れ、「どんな」心理で「どうして」その商品を購入したのか、あるいは購入しなかったのかといった理由・原因データ(コーザルデータ)を得ることは困難である。もちろんトランザクションデータの中にも、購入動機やキャンペーン反応履歴、アンケートの回答など、理由・原因について示唆を与えてくれるデータが含まれている。しかし、一般的にトランザクションデータベース内のコーザルデータ(原因・理由や心理・動機の情報)は、欠損率が高く精度の低いデータであることが多く、そこから得られる動機や心理の考察は仮説や推論の域を出ないことがほとんどである。

そこで、マーケティングリサーチによる「集めるデータ」の調査が、新たに重要性を帯びてくる。顧客セグメンテーション分析に基づき実際に注目すべき行動や反応を示したターゲット顧客層のリストを抽出し、電話やメールでリクルーティングした調査対象者にアスキング型のアンケートやインタビューを行う。アスキングによって、ターゲット顧客の購入動機や深層心理をプロファイリングすることで、トランザクションデータの分析結果から導き出した仮説や推論を検証・具体化していくことが可能になる(図2-22)。

図2-22 ターゲットプロファイリングリサーチと活用プロセス
図2-22 ターゲットプロファイリングリサーチと活用プロセス

「個客軸」のプロセス分析を行う際には、ある一時期、一時点の行動や心理をプロファイリングするだけではなく、新規顧客が優良顧客になるまでの一連のプロセスをタイムラインで分析することも重要である。このようなタイムライン志向の分析の際に有効な手法として、カスタマージャーニー分析がある。

カスタマージャーニー分析では、様々なデータベースを「個客軸」でつなぎ合わせ、顧客体験のタイムラインをAOC/VOCデータから観測する。その結果、個客が過去にブランドに接触したタイミングやチャネルを洗い出し、商品の価値を体験・実感し、共感や感動を覚えてリピーターになり、どんなクチコミを発信したのかといった一連のプロセスを把握することができる。すると、あらかじめデザインしたコミュニケーションシナリオに沿って望ましいジャーニーを辿った個客もいれば、想定外のシナリオを辿った個客も出現することがわかる。

ここで注意すべきは、ボリュームゾーンを占める主要ターゲット顧客層の「想定内の成功事例」の観測結果から成功法則を導出するだけでなく、むしろサンプルサイズの小さい「想定内の失敗事例」や「想定外の成功事例」にも目を向けるということだ。「想定内の失敗事例」の観測結果からは、どこで何が成功への道程を阻んだのかを究明するボトルネック分析を行い、今後に向けた課題と対策が導出できる。また、注目すべき特性や行動を示す少数の個客による「想定外の成功事例」の観測結果からは、潜在顧客の共感・支持を集める可能性を秘めた新たな価値観についての仮説や新規開拓に向けた施策のアイデアを導出できる。このような想定外の成功パターンを辿る少数の個客を「ニューエキセントリック」と呼ぶ。

カスタマージャーニー分析では、主要ターゲット層やニューエキセントリックから調査すべき個客を数人ピックアップし、1:1のデプスインタビュー(深く掘り下げたインタビュー)やセグメント別のグループインタビュー、またはエスノグラフィ(行動や発言のジャーニーを観察する定性調査手法)によって、ターゲットプロファイルシートやペルソナシートを作成する。

ペルソナシートは必ず作成しなければいけないというものではないが、無機質な数表やグラフのレポートではなく、「関東在住の山田太郎さんの履歴書やエピソード集」のような体裁のペルソナシートを作成する方が、ターゲット像やその深層心理を具体的に施策実行部門でイメージしやすくなり、キャンペーンなどの施策立案や広告、セールストークのメッセージ開発など、事後のアクションプランニングが容易になる。またペルソナシートには、ターゲット顧客の似顔絵や人物像とともに、調査・分析結果から得られた具体的な顧客体験のタイムラインやエピソードも記載すべきである。さらに、共感・支持を集めやすい価値観・世界観のキーワードを併記しておくと、事後のブランディングやインフルエンス施策の立案の際に便利である。

従来の調査・分析は、専門家にしか分からないような統計学や調査法の教義(ドグマ)に過剰なまでに囚われた結果、膨大な時間やコストを費やして分析結果を手にしたものの、タイミングを逸してしまっていたり、肝心の事後のアクションにつながらなかったりすることが多々あった。だが、身体や生命に関わる医療・薬事系の高度な調査・分析や、1%の金利変動で数億円の影響が発生する金融工学ならばともかく、簡易的なアンケート調査やキャンペーン効果測定において、統計的信頼性に過剰反応することは必ずしも正解ではない。そもそも多くの人々が誤解しがちであるが、サンプルサイズが大きいことによって得られる効果は、あくまで分析結果の誤差が小さいというだけのことであり、サンプルサイズが大きいこと=役に立つ情報というわけではないのだ。実際のビジネスシーンにおいて「1ヵ月かけて得た、信頼度は95%だが、実は役に立たない分析アウトプット」よりも「2~3日かけて得た、信頼度は50%だが、示唆に富んだ分析アウトプット」を重視する場面は少なくない。

さらにいえば、そもそもデータの見方として、出現率や構成比の大きい事象のみに注目するということがナンセンスである。施策立案や業務改善に役立つ新しい知見を見出したいのであれば、出現率や構成比が3番手・4番手の事象に注目するほうが有意義な知見を得られることが多い。例えばNが大きいということは、出現率が高いありふれた事象であり、調査や分析をしなくとも既知の情報であることが多いことを意味している。分析結果から商品開発や施策立案につながる新しい知見を得ようとしているのであれば、むしろサンプルサイズが小さいレアな事象にこそ目を向け、その事象が発生した原因やプロセスを洞察し、その背後に潜む消費者の価値観・世界観や深層心理に関するインサイトを深めるべきである。

極端な話、仮にサンプルサイズがN=1であったとしても、そこに潜在的な多数の消費者から「共感」を持ってもらえる可能性を秘めた価値観(ヒューマンユニバーサルという)が認められるのであれば、サンプルの大小に囚われず直ちにアクションを起こすべきである。厳密な統計的信頼性を論じるよりも、スモールスタートでテストマーケティングを行い、仮説検証と業務改善を繰り返し、PDCAサイクルを加速させるほうが遥かに建設的なのである。

ダブルファネルマーケティング
  • ダブルファネルマーケティング
  • トランスコスモス・アナリティクス 著/北出大蔵 編
  • ISBN 978-4897979106
  • リックテレコム 発行

この記事は、書籍『ダブルファネルマーケティング』 の内容の一部を、Web担の読者向けに特別にオンラインで公開しているものです。

マーケティング、CRM、データ分析の観点からソーシャル時代に適応するための処方箋

ソーシャルメディアの拡大により、クチコミの影響力が飛躍的に高まり、消費者コミュニケーションの主役は企業から「個客」へと移行しています。ダブルファネルマーケティングは、このような時代の変化に適応すべく、既存顧客の共感・感動体験のクチコミを新規顧客に共有・拡散することで、認知度・受注率・継続率などを底上げするような好循環を生み出し、顧客資産価値や顧客の感動を最大化していくための統合マーケティング戦略です。

その戦略の成功の鍵を握るのは、企業の「データガバナンス」力。顧客の行動/発言データを収集・分析・活用しPDCAサイクルを回すには、その推進役を担うデータサイエンティストの育成や、知的業務の効率化に向けたKPO(Knowledge Process Outsourcing)の活用が不可欠です。また、データや分析に対する考え方についても発想の転換が求められます。従来のような「統計的に正しい知識」を得るための分析(アナリシス)に終始せず、社内外の膨大かつ多様なビッグデータの統合(シンセシス)をもっと重視すべきでしょう。なぜなら、出現率の低いレアケースの行動/発言のタイムラインを観察し「個客」のインサイトを深めることが、クチコミの源泉となる「感動体験の創出に役立つ知恵」を得ることにつながるからです。

本書は、このような新しい時代のマーケティングやCRM戦略、およびデータ分析の理論と技法を、国内外の事例を交えて体系化したものです。

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