ダブルファネルマーケティング

ソーシャルCRM時代のリサーチとサポート/『ダブルファネルマーケティング』特別公開#1-3

コミュニケーションのパラダイムシフトによって訊く調査(Asking)ではなく、聴く調査(Listening)が重要に
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この記事は、書籍『ダブルファネルマーケティング』全3部のなかから、内容の一部をWeb担の読者向けに特別にオンラインで公開しているものです。

第1部 ソーシャル時代の消費者コミュニケーション

第1部 第3章 ソーシャルCRM時代のリサーチとサポート
アスキング(訊く)からリスニング(聴く)へ

ソーシャルメディアの拡大によるコミュニケーションのパラダイムシフトは、プロモーション領域だけでなく、マーケティングリサーチ領域やカスタマーサポート領域においても変革をもたらすといわれている。とくにマーケティングリサーチ領域においては、従来のように企業が一方的に発信したいと思っているメッセージが市場に受容されるかどうかを検証するための調査(=訊く調査:Asking)ではなく、むしろ消費者が日常的に興味・関心を抱いている事象や、ソーシャルメディア上で共感を集めやすい価値観・世界観を把握するための調査(=聴く調査:Listening)が重要になる。

『次世代マーケティングリサーチ』(萩原雅之、2011、ソフトバンククリエイティブ)によると、最近のマーケティングリサーチでは、従来のアンケートやグループインタビューのようなアスキング型(訊きたい内容を事前に設計し、必要なデータを集めるタイプ)の調査よりも、リスニング型(自ずと集まったトランザクションデータから、探索的に有意義な知見を導き出すタイプ)の調査のほうが重視されるようになってきているという。

『AdvertisingAge』(2011年3月21日号)の誌面に掲載されているP&Gのチーフマーケティングディレクターへのインタビュー記事が、このようなマーケティングリサーチの変革を象徴しているだろう。記事によると、2020年頃にはP&Gのマーケティングリサーチの主体は従来のアスキング型からソーシャルメディアを活用したリスニング型へと移行しているという見解を寄せている。P&Gは世界でも有数の市場調査費を投じている企業であり、そのチーフマーケティングディレクターによるコメントということもあり、この記事は世界の調査業界に衝撃を与えた。

実際にP&Gでは、マーケティングリサーチ担当者が「Being Girl」などのコミュニティサイトや、FacebookやTwitterの自社ブランドのアカウントで語られる消費者の声をモニタリング・分析し、消費者意識トレンドや消費者インサイトを探っている。「Being Girl」では、思春期の女の子が生理などの身体の成長や、恋愛や進路などの心の悩みなどについて、専門家に相談したり、メンバー同士で会話できる環境を提供したりしている。ここで出たリアルな不安や不満から、消費者意識トレンドやインサイトを探り、商品企画・開発に活用している。

このようなソーシャルリスニングへの動きはP&Gだけのものではない。2011年にトランスコスモスは、2010年以降の海外ソーシャルメディア関連記事から「ソーシャルリスニング」を実施している企業の事例を独自に調査した。これによると、P&Gのようなソーシャルリスニングの取り組みは、Kraft Foods、Starbucks、Coca-Cola、PepsiCoといった名だたるグローバル企業においても実践されていることが明らかになった。以下はその代表例である。

Kraft Foods/製造(食品)

マーケティングリサーチ担当者がFacebookやTwitter、ブログなどのソーシャルメディアで語られる消費者の声をモニタリング・分析し、消費者意識のトレンドやインサイトを探っている。例えば、料理愛好家や母親、ダイエット中の人など、人物像ごとに意見の違いが見られることから、それぞれの属性の消費者がよく利用しているサイトをモニタリングし、その結果からプロフィールを作成する。そして、プロフィールごとに意見をまとめて分析を行い、商品開発のアイデアを得ている。

Starbucks/サービス(飲食)

2008年3月よりソーシャルメディア専門チームが、消費者から商品やサービスなどのアイデアを投稿してもらうコミュニティサイト「My Starbucks Idea」を運営、またFacebookやTwitterなどのソーシャルメディアで語られる消費者の声をモニタリングしている。そこで投稿されたアイデアなどを基に、新たなサンドイッチを企画して商品化したり、Facebookで友人にオンラインギフトカードを贈る仕組みを提供するなど、商品開発やサービス改善につなげている。Twitterに不満を投稿した顧客へのアクティブサポートも実施している。

Coca-Cola/製造(飲料)

Coca-Colaの北米部門では、デジタルコミュニケーションチームがFacebookやTwitterなどのソーシャルメディアに開設したアカウントを通して、常時ユーザーによる投稿をモニタリングしている。さらに、2011年10月にはそのユーザーの声を基に消費者意識トレンドやインサイトを探るべく、ネット広告代理店に業務委託し、消費者の声をブランドごとに分析する取り組みを始めている。こうして収集・分析したリスニング情報をプロモーション施策立案や商品企画・開発などに役立てている。

PepsiCo/製造(飲料)

マーケティング部門が、ソーシャルメディアでオープンに語られている消費者の声を基に、プロモーションの最適化や消費者の意識トレンドやインサイトを探るべく、2010年9月にGatorade専用のリスニング専門組織「Gatorade Mission Control」を立ち上げた。そこで、リスニングツールベンダーのRadian6およびIBMと提携し、ビジュアルで確認できるダッシュボードをカスタムで作成した。常時モニタリングに加えて、キャンペーン展開時には、ソーシャルメディアアカウントを通して適切なランディングページへ消費者を誘導し、サイト離脱率を抑える取り組みを行っている。

このように海外、とくに欧米でソーシャルリスニングが急拡大している背景には、ソーシャルメディア上で企業側が意図しない情報が拡散するリスクを管理する必要性が増したことに加え、ソーシャル上の消費者の内なる声から潜在的なニーズや新たな市場機会を捉えたいという企業の狙いがある。

従来型のアンケートなどによるアスキングでは、企業側が事前に立てた仮説を検証する形式をとることが多い。もちろん統計学や調査法の作法に則り、バイアスがかからないような調査設計を行うわけであるが、基本的にはその仮説が正しいことを証明しやすいように調査対象を選び、質問内容を工夫するという形式をとる。つまり、仮説にあわせてデータを選ぶわけである。ゆえに、事前に仮説を設定する時点で、その調査によって得られる結論は必然的に想定内の出来事になる。また、仮説を検証するためのデータを収集する時点で、未知の新たな気付きを含んだ情報に接触する確率は低下することになる。このような調査をどれだけ繰り返しても、潜在ニーズや新たな市場機会を探ることは難しい。

それに対してリスニングでは、アスキングのように企業側から意図的に調査対象やデータを選び出したり集めたりするのではなく、ソーシャルメディアを含む様々なチャネルで収集・蓄積された多種多様なトランザクションデータを統合・加工し、分析対象となる消費者の行動・発言データを抽出・分析して、顧客の注目すべき行動パターンや深層心理に潜むインサイトを発見・考察することを重視する。統計的な信頼性については、アスキングよりも劣るかもしれないが、新たな気付きを得る確率は高めることができる。

とはいえ、ソーシャルリスニングで得た仮説やアイデアは、あくまで2次データに基づくものである。ゆえに、正確な仮説検証や統計的な裏づけが必要なのであれば、アスキング型のアンケート調査などで1次データを収集し、リスニングによって得られた新たな仮説を検証する必要がある。とくに基本戦略や新規事業に関わるような重要度の高い意思決定を行う場合は、バイアスが発生しやすいリスニング型のリサーチだけでは心許ない。具体的には、海外市場への参入や新たな戦略商品のコンセプトが消費者に受け容れられるか否かをテストしたいような場合は、リスニングとアスキングの並用による正確な仮説検証を行うことが望ましい。

ここで重要なことは、リスニングを定期的・組織的に行うためには、複数のデータソースを統合・分析し、社内の関係者に共有させることで戦略立案や業務改善に活用できるような、運用体制・業務プロセス・情報インフラを仕組みとして整備しなければならないということだ。そのような仕組みを「リスニング・プラットフォーム」と呼ぶ。野村総合研究所の「ITロードマップ」によると、新たな顧客接点であるソーシャルメディアの利用拡大とともに、企業が消費者の声に耳を傾けるリスニング・プラットフォームの需要が高まることが予見されている(図1-8)。

図1-8 ソーシャルCRMのロードマップ
図1-8 ソーシャルCRMのロードマップ

ソーシャルCRM時代のカスタマーサポート

ソーシャルメディアの普及はカスタマーサポート領域にも変革をもたらしている。近年、従来のコンタクトセンターを中心としたカスタマーサポートと、ソーシャルメディア上でのカスタマーサポートとを結びつけた、「ソーシャルCRM」という考え方が注目されている。

これまでのCRM戦略は、見込み顧客リストや顧客データベースなどによって顕在化した、あくまでも一部の顧客を施策の対象にしてきた。だが、企業が直接働きかけることができるような顕在顧客や、消費者自ら企業にコンタクトしてくるような能動的な顧客は、あくまでも消費者の「氷山の一角」に過ぎない。それに対しソーシャルCRMでは、ソーシャルメディアを活用することで、ネット上に広がる無数の潜在顧客を施策の対象とすることができる。つまり「氷山の水面下」にあたるサイレントマジョリティを狙うことが可能となる。それがソーシャルCRMの魅力である(図1-9)。

図1-9 サイレントマジョリティへのソーシャルCRM
図1-9 サイレントマジョリティへのソーシャルCRM

ソーシャルメディア上で行うカスタマーサポートのことをソーシャルサポートと呼ぶ。ソーシャルサポートは大きくパッシブサポートとアクティブサポートの2種類に分かれる。パッシブサポートは、コンタクトセンターやFAQサイトなどでも対応できる質問に対する回答を、より気軽に本音を言えるソーシャルメディア(公式アカウント)に書き手を呼び込むことで、より多くの閲覧者に情報を発信しCSを向上させる。

アクティブサポートは、Twitter上で発生した顧客の不満や苦情をリアルタイムで監視・検索し、能動的にサポートすることで「思いがけない期待以上のサポート」を提供するというものだ。期待以上のサポートを受けた「驚き」の体験は、「喜び」や「感謝」の気持ちとともに他の人に話したい欲求を生み出し、クチコミの共有・拡散を引き起こす。

企業にとってはソーシャルサポートを有効活用することで、既存チャネルの繁閑の波を平準化し、サポートナレッジの拡散によって顧客対応コストの削減が期待できる。また、顧客にとって想定外のサポートを提供することで「期待値以上の満足」を生み出し、その「感動」の体験をクチコミ拡散の原動力に転換していくことが可能になる。

TwitterやFacebookの普及が早かった海外では、既に数多くのソーシャルサポート活用事例が存在する。以下はその代表例である。

Volvo/製造(自動車)

ソーシャルメディア専任チームがFacebookやTwitterなどのソーシャルメディアに開設したアカウントを通して、常時ユーザーの投稿をモニタリングしている。ある時、Volvoを運転していた男性が、車がオーバーヒートして動かなくなったとFacebookウォールに投稿したことがあった。それを専任チームが見つけ、CRM担当者へ情報を転送した。CRM担当者は購入記録から電話番号を割り出して顧客へ連絡してお詫びし、担当ディーラーに顧客への無料でのレンタカー手配と、問題の調査報告を指示した。

Southwest Airlines/サービス(航空)

2009年より顧客対応部門のソーシャルメディア専任担当者2名が、ソーシャルリスニングツールを用いて、Twitterやブログなどのソーシャルメディアで語られる消費者の声をモニタリングしている。顧客が不満を募らせることが多い「フライト情報の変更」を事前に案内したり、フライト中に私物を失くしたことを投稿した顧客に対し、遺失物センターの連絡先や保管期限を案内したりするなど、アクティブサポートを実施している。

Wells Fargo/サービス(金融)

2006年よりソーシャルメディア専任チームが自社ブログや、FacebookやTwitterなどのソーシャルメディアに開設した公式アカウントを通して、常時ユーザーによる投稿をモニタリングしている。問題のある投稿が見つかったり、顧客から質問が寄せられると、ソーシャルメディア上で商品やサービスについての情報や活用方法などを案内したり、対応策などを伝えている。

海外だけでなく、国内でもソーシャルサポートは導入されている。例えば、ソフトバンクモバイルのTwitterを活用したアクティブサポートが有名だ。自社携帯端末の操作がわからないなどの「不満のつぶやき」をキャッチし、企業側からTwitterで話しかけて対応することで顧客の不満を解消している。しかし、国内においてソフトバンクモバイルのように本格的にソーシャルサポートを導入している企業はまだまだ一部に限定されている。多くの企業は、まずはリスクの少ないソーシャルリスニングから着手しているというのが2012年時点での実情であろう。

Column感動を生み出す次世代コンタクトセンター

次世代のコンタクトセンター像をうらなう上で、ザッポスの成功は無視できないだろう。ザッポスは創業10年目で年商1000億円を達成した靴の通販会社であり、CEOトニー・シェイの商法は「顧客を熱狂させる」といわれており、その本質はマニュアル経営からの脱却にある。

従来の通販業界における受注センターの受電対応業務は、最初にIVR(Interactive Voice Responce:音声自動応答)による音声ガイダンスがあり、ようやく会話ができたコミュニケータも基本的にはマニュアル通りの対応しかしない。マニュアルとは、均質かつ効率的な対応を追求した業務改善の産物に他ならない。

ところがザッポスのコンタクトセンターにはマニュアルが存在しない。コミュニケータは顧客と自由に会話を楽しみ、時には1件の注文を受け付けるのに6時間も費やすという。ザッポスは非効率な個別対応の追求こそが顧客満足や感動体験を生み、「顧客を熱狂させる」ということを深いところで理解していると思われる。

これまでのコンタクトセンターは、オペレーション効率を重視する観点から、コミュニケータに「なるべく顧客と会話する時間を短くする」よう指導し、また「聞き出したVOCの入力を極めて簡略化する」ことで後処理時間(ACW:After Call Work)を削減することを定石としてきた。

だが、これは詰まるところ「顧客との会話を避ける」ことを良しとする運営方針である。コンタクトセンターの役割はあくまで「コンタクト」であり、「コミュニケーション」ではないというふうに受け取られても仕方がないのではないだろうか。

図 コンタクトセンターの時代変遷
図 コンタクトセンターの時代変遷

ところが、ソーシャルサポートの登場は、このような旧来のコンタクトセンターの常識に変革をもたらす可能性がある。というのもソーシャルサポートは、従来の店頭の接客やコンタクトセンターのように、自主的に接触してきた顕在顧客に対するサポートだけでなく、ソーシャルメディア上に存在する膨大な受身の潜在顧客(サイレントマジョリティ)のVOCをリアルタイムで監視・検索して、カスタマーサポートを展開するというものである。ソーシャルサポートによって顧客に「驚き」や「喜び」の体験を提供することができれば、そこで得た情報や感動・感謝の気持ちを他のユーザーに広く共有・拡散してもらえる可能性がぐっと高まる。

このように考えてくると、ソーシャルメディア時代の次世代コンタクトセンターと、旧来のコンタクトセンターとの本質的な違いは、1件の問い合わせ対応が持つ価値に対する発想の転換にあるといえるだろう。次世代のコンタクトセンターは、ソーシャルメディアを主要チャネルとして、一人の「個客」との緊密な「対話」を重視する「コミュニケーションセンター」を目指すべきである。一人の「個客」に期待以上のサポートや思いがけないサービスを提供し感動を生み出す。その上でソーシャルメディアを巧みに利用し、その感動をN人の潜在顧客に付加価値のあるクチコミとして共有・拡散してもらう。その結果、1件の顧客サポートが持つ価値から、新規獲得・リピート促進・CS向上・コスト削減などのより大きな効果を引き出すことができるのである。

コンタクトセンターの「プロフィットセンター化」という手垢の付いたスローガンを単なる幻想ではなく現実のものにするためには、ソーシャル時代の到来は絶好のチャンスといえるのではないだろうか。

ダブルファネルマーケティング
  • ダブルファネルマーケティング
  • トランスコスモス・アナリティクス 著/北出大蔵 編
  • ISBN 978-4897979106
  • リックテレコム 発行

この記事は、書籍『ダブルファネルマーケティング』 の内容の一部を、Web担の読者向けに特別にオンラインで公開しているものです。

マーケティング、CRM、データ分析の観点からソーシャル時代に適応するための処方箋

ソーシャルメディアの拡大により、クチコミの影響力が飛躍的に高まり、消費者コミュニケーションの主役は企業から「個客」へと移行しています。ダブルファネルマーケティングは、このような時代の変化に適応すべく、既存顧客の共感・感動体験のクチコミを新規顧客に共有・拡散することで、認知度・受注率・継続率などを底上げするような好循環を生み出し、顧客資産価値や顧客の感動を最大化していくための統合マーケティング戦略です。

その戦略の成功の鍵を握るのは、企業の「データガバナンス」力。顧客の行動/発言データを収集・分析・活用しPDCAサイクルを回すには、その推進役を担うデータサイエンティストの育成や、知的業務の効率化に向けたKPO(Knowledge Process Outsourcing)の活用が不可欠です。また、データや分析に対する考え方についても発想の転換が求められます。従来のような「統計的に正しい知識」を得るための分析(アナリシス)に終始せず、社内外の膨大かつ多様なビッグデータの統合(シンセシス)をもっと重視すべきでしょう。なぜなら、出現率の低いレアケースの行動/発言のタイムラインを観察し「個客」のインサイトを深めることが、クチコミの源泉となる「感動体験の創出に役立つ知恵」を得ることにつながるからです。

本書は、このような新しい時代のマーケティングやCRM戦略、およびデータ分析の理論と技法を、国内外の事例を交えて体系化したものです。

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